日蓮宗
日蓮宗は、日蓮(1222~1282)を宗祖とします。比叡山で天台教学を究めた後、故郷(千葉)に帰り、清澄寺で南無妙法蓮華経と高唱したのが開宗の時とされています。鎌倉を中心に布教活動を展開し、幕府に対して法華経に帰依すべきことを訴えましたが聞き入れられず、逆に数々の法難を受けました。佐渡に流されましたが、やがて許されると身延(みのぶ)山に入り、そこで専ら法華経の宣揚と道俗の訓育に当たりました。病いを得た後身延山を下り、常陸に療養に向かう途中、立ち寄った池上で示寂しました。日蓮宗では、南無妙法蓮華経の題目(経の題名)を唱える唱題を説きますが、それは、法華経こそが釈尊の悟りのすべて=実相を表しており、しかも「妙法蓮華経」の題目は、単に名称ではなく、法華経の説く内容、つまり仏陀の証悟の世界そのものである、と説きます。なお、日蓮は、南無妙法蓮華経を中心に、諸仏諸尊を回りに配した図によって末法の衆生を救済するという釈尊の本壊をを顕わしましたが、その図顕の大曼茶羅(まんだら)も本尊として礼拝の対象としています。現在、日蓮系の教団には、身延山を祖山とし、池上本門寺に宗務院を置く日蓮宗を初め、顕本法華(けんぽんほっけ)宗、法華宗(本門流・陣門流・真門流)、本門法華宗等々、種々の宗派があります。日蓮の寂後、身延の御廟は日蓮の定めた六老僧が管理しましたが、その中の一人、日興(1246~1333)の流れを汲むのが日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)であり、富士の大石寺に拠っています。「戒名」と言わず「法号」と言います。女性には「妙」字をつけるのが特徴です。「墓石」には、独自のヒゲ文字で「妙法蓮華経」の文字を書くことが多く、特にこうした文字をヒゲ題目と呼んでいます。







