永代供養墓のご案内 

永代供養墓

永代供養墓

”永久に合祀しない”安心の永代供養システム (親族に迷惑をかけたくない方に)

納骨堂との違い

※ 永久に合祀しません。
※ 当寺企画のお位牌奉安できます。(50回忌にて過去帳転記)・・・別途20万円
※ 霊名版に記載できます。・・・別途一霊位2万円

独身者・承継者のいない方・故郷の遠い方におすすめします。
名 称 納骨霊数 志納金 備 考
個人永代供養墓 一霊位 30万円 個人に限る
夫婦永代供養墓 二霊位 50万円 夫婦に限る
家族永代供養墓 夫婦と一人 60万円 一家族に限る
家族永代供養墓 夫婦と二人 70万円 一家族に限る
家族永代供養墓 七霊位まで 80万円まで 一家族に限る
永代供養墓 墓石にて永代供養
●黒御影石に家名を彫刻します。
●善光寺如来の納骨室に埋葬します。
●過去帳に記載し、永代供養いたします。
●黒御影石碑に家名を彫刻します。
●33回忌まで墓石にて永代供養も承ります。
●墓地区画(75㎝×100㎝)
●墓石高 127㎝

●志納金に別途70万円(要相談)

正満寺霊苑・概要 

正満寺・永代供養墓

天台宗 金泉山正満寺の本尊は聖観音である。天平勝宝年中(749~757)孝謙天皇の勅命を奉じ 報恩大師が備前に建立した48ヶ寺の一寺である。正満寺の詳しい縁起、沿革については、昭和12年 の火災の際、宝物、資料共に焼失したため不明である。現在の庫裏は昭和13年、本堂は昭和31年、 それぞれ再建された。
しかし文禄4年(1595)12月の備前国48ヶ寺領井分国中大社領目録(金山寺文書)によると宇喜田秀家 から領寺10石を認められている。正満寺寺領を中心に正満村が成立した(慶長10年(1605)備前国 髙物成帳(併用記)とあるが明治8年(1875)に大屋村に編された。寛文6年(1666)岡山藩主 池田光輝 による寺院淘汰の時、住職は還俗して大屋村の氏宮の神職になった(撮要禄)また「吉備温故録」によると寺領 18石余で主院は妙覚院、寺中に東光坊、本明院、観照院があった。 天明8年(1788)には寺領田畑一町余あるが無住で石井原村(現山陽町)千光寺住職が代判をつとめていた。 同年12月8日に門を残して全焼した記録がある。天保9年(1838)の「手鑑」によると、寺3軒、出家一人 、東光院、観照院は無住。寺領高18石余のうち12石余が妙覚院で、東光院、観照院に各3石、寺山5反余で 本尊阿弥陀如来であったとある。

正満寺霊苑岡山県赤磐市に永代供墓が完成いたしました。
名  称 正満寺
宗教法人 金泉山正満寺(天台宗)
所在地 岡山県赤磐市383池田市畑3丁目8番37
個人永代供養墓 1霊位 300,000円より
永代使用料 1㎡ 100,000円
備  考 永久に合祀いたしません

正満寺・区画図 

正満寺・区画図

永代供養墓の他に、普通の墓地区画もあります。永代使用料 1㎡ 100,000円 墓地区画は 3.9聖地から
正満寺・区画図

正満寺霊苑・施設のご案内 

善光寺如来・永代供養墓

信濃・善光寺の御本尊様と同じ、一光三尊阿弥陀如来像です。中央に阿弥陀如来、向かって右側に観音菩薩、左側に勢至菩薩が一つの光背の中にお立ちになっています。 古来より「生身の如来様」と言われており、人肌のぬくもりを持ち、人と語らい、その眉間の白毫から知恵の光明を発しておられます。


正満寺・善光寺如来”永久に合祀しない”安心の永代供養墓です。


金泉山正満寺山門

山門から本堂へと続く灯籠

山門から本堂へと続く灯籠

手入れの行き届いた山内庭園

手入れの行き届いた山内庭園

本堂内部・金泉山正満寺の本尊「聖観音像」

正満寺霊苑・担当者 

担当者 中元 澄人

 
 
 

ごあいさつ

正満寺に、信濃・善光寺の御本尊と同じ、一光三尊阿弥陀如来像が建立されました。 ”永代に合祀しない”安心の永代供養システムができました。

個人永代供養墓 一霊位 志納金 300,000円
夫婦永代供養墓・家族永代供養墓・墓石にての永代供養墓もご用意いたしております。詳しくはお問合せ下さい。

正満寺霊苑・交通案内 

お車ご利用の場合


県道27号線 坂辺の交差点から、県道25号線で大屋方面へ
所在地:岡山県赤磐市大屋383

正満寺霊苑・交通案内